2019年8月18日日曜日

2019年08月18日 小金井福音キリスト教会 説教題「 sola gratia(ただ恵みによりてのみ)」

2019年08月18日 小金井福音キリスト教会 説教

【聖書箇所】
 ・イザヤ書 第52章1~6節
 ・マルコによる福音書 第3章28~30節
 ・使徒行伝 第8章14~25節

【説教題】
 「 sola gratia(ただ恵みによりてのみ)」


19年 8月第3主日説教「sola(ソラ) gratia(グラティア)(ただ恵みによりてのみ)」       2019.8.18
旧約書:イザヤ書521節~6節(旧約聖書p.1020
福音書:マタイによる福音書41節~11(新約聖書p.)
使徒書:使徒行伝814節から25(新約聖書pp.193-194)

 先週、私は東京キリスト教会で御用をいたしましたので、先々週の使徒行伝89節から13節からお言葉をお取次ぎさせていただいてから、丸2週間が開いてしまいました。その使徒行伝88節から13節には、シモンという魔術師が、様々な不思議な業を行ってサマリヤの人々を驚かしていたという出来事が記されていました。

しかし、聖書には、その魔術師シモンが行ったり不思議な業が何であったかに全く触れていません。私たちはそのことに着目し、同時に人々が、神の国とイエス・キリスト様の名について教えていたピリポの言葉を聞いた人々が続々とバプテスマを受けたという出来事に着目し、そこから、とかく目に映る衝撃的な出来事に目を奪われ、また心を奪われてしまいがちな私たちに、目に映るものではなく、神の言葉に耳を傾け生きることの大切さについて、思いをはせました。

 もちろん、なにか行いをするということ自体が悪いということではありません。神の国とイエス・キリスト様の名を伝えていたピリポも、汚れた霊につかれた人からその霊を追い出したり、中風の人を癒したり、歩けなかった人を歩けるようにしたりと、様々な業を行っていたからです。
 しかし、ピリポの行った業は、その業を通して人々がイエス・キリスト様というお方に目を向けさせ、神の言葉に向けさせるためのものでした。そこが、様々な不思議な業を行い、人々の関心を自分自身に向けさせていた魔術師シモンとの決定的な違いなのです。

 聖書はその魔術師シモンもまた、ピリポの語る言葉を聞いてイエス・キリスト様を信じ、ピリポの後をついて行ったと言います。そして、ピリポが数々のしるしやめざましい奇跡をおこなうのを見て驚いたと言うのです。そして今日の聖書箇所の使徒行伝814節から25節もまた、その魔術師シモンについて語ります。言うなれば、魔術師シモンのエピソード2と言ったところです。

 その魔術師シモンエピソード2では、ペテロとヨハネがピリポのサマリヤで伝道をおこない、人々が神の言葉を受け入れていると聞いて、サマリヤにやって来たことから始まります。そして、サマリヤにやって来たペテロとヨハネは、ただイエス・キリスト様の名によってバプテスマを受けただけで聖霊を受けていなかった人々に手を置き、聖霊を授けていったのです。

 魔術師シモンはその様子を見ていた。そして、ペテロとヨハネに金を差し出し、私にも人々に聖霊を授ける力をくださいと願うのです。当然、ペテロもヨハネも魔術師シモンの願いを拒否します。拒否するだけでなく

おまえの心が正しくないから、おまえはとうてい、この事にあずかることができない。だから、この悪事を悔いて、主に祈れ。そうすればあるいそんな思いをこころにいだいたことがゆるされるかもしれない。おまえには、苦い胆汁があり、不義のなわ目がからみついている。

と叱責しているのです。しかも「あるいはそんな思いを心に抱いたことが赦されるか知れないという」といいうようなかなり厳しい叱責です。いったい、なぜ、このような厳しい叱責の言葉を投げかけるのか。

 、おそらくそれは、魔術師シモンが、聖霊を授ける力を求めるという行為、しかも金品をもってそれを買い取ろうとしたことは、神を信じる民にとって極めて重大な問題であっただろうと思われるからです。
 というのも、ペテロとヨハネは、聖霊を授ける際に手を人々の上において聖霊を授けていたからです。キリスト教において手を置くという行為、それは按手と呼ばれ、権威と権限と力が受け渡されることを示す象徴的行為です。

 皆さんも、ご存知のように牧師が正教師として洗礼や聖餐といった聖礼典を執行することができるようになるためには、按手を受けなければなりません。それは、使徒から代々受け継がれてきた祭司としての権威と権限の伝達を示すものだからです。つまり、按手を通して、聖礼典を執行する権威と権限が与えられるのです。それは、その権限のもとで聖礼典を執行し、神の前に立つ人に神の救いの業がなされたこと宣言をし、人に罪の赦しと神の永遠の命が与えられたことを宣告することができるのです。ですから、牧師が按手を受けるということは、極めて重要なことなのです

 ペテロとヨハネは、人々に按手をして聖霊を授けていた。それは、ある意味で、人々に按手をし、祭司としての性質を与えていた行為であったと言ってもいいかもしれません。というのも、神を信じ神の民となった者は、すべからく祭司としての性質を持っているからです。宗教改革以降、プロテスタントの教会では、それを万民祭司性、あるいは全信徒祭司性といい、今日のカトリック教会では、信徒使徒職と呼んだりします。
 いずれにせよ、すべてのキリスト者は、按手をもって祭司としての性質を授けられているのです。そして、そのようにすべてのキリスト者が祭司としての性質をもっているからこそ、神の召しによって牧師の職に召された者は、按手を通して祭司の務めを行うのです。

 しかし、そう言われますと、今日ここに集っている皆さんは、自分はいつ祭司としての性質が与えられる按手をされたのだろうかと思われるのではないかと思われます。実際、信徒の皆さんに対して特別な按手礼といったものはありません。しかし、ここにつっておられるおほとりお一人は洗礼をお受けになっておられる。
 みなさん、ぜひ知っていただきたいのですが、実はこの洗礼のことを第一の按手と呼ぶのです。つまり、洗礼を通してひとりひとりに聖霊が与えられる。それがまさに第一の按手の出来事なのです。だから、洗礼は、父と子と聖霊の名によって授けられるのです。

 ところが、今日の使徒行伝816節を見ますと、サマリヤの人々はただ主イエスの名によってバプテスマ、すなわち洗礼を受けていただけであると記されています。主イエスの名ということの背後には父なる神がある。なぜならば、主イエス・キリスト様は神の独り子であり、この神の独り子は、全き神として父なる神をあらわすからです。

 ですから、主イエスの名によってバプテスマが授けられるとき、そこのは父なる神の名によってもバプテスマが授けられている。そしてそれによって、人々はイエス・キリスト様と一つに結び合わされてイエス・キリスト様の栄光に与ることができる。
 けれども、あのサマリヤでなされた主イエスの名による洗礼には、聖霊なる神の名が出てこないのです。だから、使徒であるペテロとヨハネは按手をし、彼らの聖霊を授け、祭司としての性質を与えて行ったのです。それは、使徒たちに与えられた権威と権限でしたした。

 その、権威と権限を魔術師シモンは得たいと考え、お金を持ってそれを買おうとしたのです。それは、教会にとっては教会を危うくする危険な行為です。というのも権威と権限というのは、ともすれば権力となるからです。なぜなら、権力は権威から発するものであり、権威が力を発することが権力だからです。

 だから、権力は正しい権威から発せられなければなりません。本来、権威を持つべきでないものが、権威を持ち、その権威から発せられる権力を行使することは極めて危ういことです。みなさん、今日は818日ですが、ほんの3日前に私たちは太平洋戦争の終戦記念日を迎えました。太平洋戦争は第二次世界大戦の一環の中にある戦争でしたが、その第2次世界大戦におけるヒットラーなどは、まさにその権威を持つべきでない人が権威を持ち、権力を行使した事例であると言ってもいい。
 しかし、なにもヒットラーを持ち出さなくても、教会の歴史の中にもそのような事例が多くある。たとえば、わたしは宗教改革期のキリスト教について研究し、聖書学院でも教えていますが、一般に宗教改革はカトリック教会の堕落した姿に対する、ルターの講義であると言われています。そして、その象徴として免罪符(贖宥状)の販売が挙げられます。

 しかし、実際はそうではなく、宗教改革はもっと神学的な問題が主題なのですが、しかし、その当時の教会の中に堕落した一面があったことは間違いがなく、それはカトリック教会でも問題になっていました。その堕落した一面というのがニコライズムとシモニアでした。

 ニコライズムというのは聖職者が妻を持つという聖職者妻帯の問題です。プロテスタントの教会では、牧師が家庭を持つ個とは禁じられていませんが、カトリック教会では聖職者は妻を持つことが禁じられていましたので、その聖職者が妻を持つということは大問題でした。それが、宗教改革の時代には横行していた。

 そして、もう一つのシモニアというのは、聖職売買のことで、金銭で聖職を売り買いしていたのです。たとえば、宗教改革期に、マルグベルグの司教であったアルブレヒドという司教は、そのマルグベルグの司教職も金で買い、更には、もっと権威のあるマインツの司教を手に入れるために必要な教皇庁に納める上納金を得るために免罪符を発行してお金を集めたというようなことが行われていたのです。

 みなさん、司教職というのは上級職者であり、いうなれば使徒職にあたるもので、按手をして祭司を任じる権威と権限を持つものです。その死教職がお金で売買されるような状況が生まれてきた時、その行為は確実に教会を腐敗させていきました。先細のアルブレヒドの例などはその一つの事例だといえますが、あの使徒行伝814節以降にある、魔術師シモンが、使徒たちが按手によって聖霊を与えるという使徒たちの権威と権限に基づく力を、お金で買おうとした行為は、まさにシモニア(聖職売買)に通じるものです。
 そしてその力は、聖霊を与える力であり、罪の赦しを当れる力ですから、それを金銭で売買するなどというのは、まさに先ほどお読みいただいたマルコによる福音書328節から30節にあるような「聖霊を汚す罪」に匹敵するような罪と思われても仕方がない行為です。それこそそれは、聖霊を与える力をお金で買うということは、聖霊なる神を売り買いするということであり、また神の恵みをお金で買う行為だからです。だからこそ、あのような厳しい叱責の言葉が出てきただと言える。

 みなさん、言うまでもないことですが、神の恵みはお金でかえるようなものではありません。今日の説教のタイトルは、sola gratiaです。これはラテン語で週報には日本語の訳も載せてありますが、「ただ恵みのみ」という意味です。
 このsola gratiaというのは、宗教改革の標語の一つですが、神の救いの業は、人間の努力や頑張りといった人間の側の働きによって手に入れられるものではなく、ただ神の恵みによってのみ人間が手にすることができるのだということを言い表しています。ただ神が私たち人間をあわれんで下さり、私たちをあわれんで下さるからこそ、私たち人間は神の救いに与ることができるのです。

 さきほど、司式者に旧約聖書イザヤ書521節から6節までをお読みいただきました。この箇所は、預言者イザヤが、神の裁きによって奴隷として捉えられてしまったイスラエルの民が神の恵みによって解放され、神の民としての立場が回復されるのだという歓びの訪れ、まさに福音を語っている箇所です。そしてそれは「あなたがたは、ただで売られた。金も出さずに贖われる」というように、ただ神の恵みとあわれみによって解放されるのです。
 みなさん、私たちはこの事を心に刻んで決して忘れてはいけないのです。でなければ、私たちは人間の力や能力に頼るものになり、力や権力を求めるものになるからです。しかし、私たちが求めなければならないのは、ただ神の恵みと憐れみだけなのです。

 なぜならば、それは決してお金で買うこともできませんし、何物をもっても交換することができるものではない神の賜物だからです。みなさん、私たちはしばしば賜物という言葉を神から与えられた何かの能力にように思ってしまいます。もちろん、確かにそのような使い方がされることがある。
 説教の賜物とか、癒しの賜物とか、教える賜物といった具合です。しかし、本当に賜物というのは、神ご自身です。神ご自身が聖霊なる神としてご自身を私たちに与えて下さり、私たちと日々共にいて下さり、ともに喜び、共に悲しんで下さる。これほど大きな賜物はないのです。そしてその聖霊なる神という賜物が、ただ神の恵みによって私たちに与えられている。


 ですから、みなさん、その神の賜物に対して私たちがすることは、ただ神を喜び神に感謝することです。みなさん、神に感謝しましょう。そして祈りましょう。静思の時を持ちます。

2019年8月13日火曜日

2019年08月11日 小金井福音キリスト教会 説教題「 土の器 」

2019年08月11日 小金井福音キリスト教会 説教

【聖書箇所】
 創世記 第2章 7 節
 コリント人への第二の手紙 第4章 7 - 15節

【説教題】
 「 土の器 」


2019年8月7日水曜日

2019年08月04日 小金井福音キリスト教会 説教題「 指さす先にあるもの 」

2019年08月04日 小金井福音キリスト教会 説教

【聖書箇所】
 申命記 第6章 1 - 9 節
 ヨハネによる福音書 第5章 22 - 25 節
 使徒行伝 第8章 4 - 13節

【説教題】
 「 指さす先にあるもの 」



 先週、私たちはサウロが教会の迫害者であったということを通して、自己の義、自分の正しさを絶対化することの背後に隠れている問題に目を向けました。実際、私たちは、自分が正しい、自分は間違っていないと確信すればするほど、人の意見に耳を傾けられなくなり、自分を主張するものです。

 かくいう私も、私の友人から「君は、自分の考えや自分の説を主張しすぎる」と忠告されてしましました。自分ではそんなつもりはなかったのですが、しかし、友人の目から見ればそのように映っていたのでしょう。だから忠告してくれた。そんなわけで、気を付けなければと反省したのですが、人間は知らず知らずのうちに、自己主張し、自分の意見者考えをしてしまう傾向がある。

 それが行きすぎますと、自分の意見が通らないことや、自分の違った考え方や行動をする人間に対して怒りや憤りを感じるようになる。その怒りや憤りが極みに達すると、迫害や弾劾、抑圧や疎外と言ったものになっていく。使徒行伝81節から3節の迫害者サウロの姿は、まさにそのような姿であったと言えます。

ですから私たちは、そのサウロの姿から、自分自身を自己絶対化することなく、いつも神の前に謙遜生きていくことの必要性を大切です。そして、その謙遜さは、私たちが絶えず神の言葉、こんにちにおいてそれは、聖書の言葉として表されていますが、その聖書の言葉に向き合い、聖書の言葉に耳を傾けて生きていくことが大切になってきます。

 この神の言葉に耳を傾けて生きていくということは、キリスト教の信仰の基本にあります。いえ聖書に記された神を信じる信仰は、神の語る言葉に耳を傾けて聴くというところから始まると言っても良いだろうと思います。

 私たちは、今、旧約聖書の申命記61節から9節の言葉に耳を傾けましたが、その中の4節の言葉は、「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」です。この言葉は、イスラエルの民、ユダヤ人にとっては非常に重要な言葉です。ですから、敬虔なユダヤの人々が朝・夕に祈る祈りにおいては、必ずこの「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」という言葉から、祈りが始ります。

それはただ唯一の主なる神を信じ、その神の言葉に聴き従っていくというイスラエルの民、ユダヤの人々の決意の表明であり、信仰の表明であるといえます。ですから、このユダヤ人が「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」と祈りの言葉の中で祈る時、ユダヤの人々は、私は聖書に記されている唯一の神である主の語る言葉に耳を傾けて聴き、その唯一の神の言葉にのみに従って生きていく者であるという自覚を深め、自分が何者であるかということを確認していくのです。

ユダヤの人々が「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」と祈るとき、「聞け」と言われて耳を傾けて聴く神の言葉は、神の定めた掟である、律法です。それは、すなわち神を信じ生きる人々を罰し裁くためのものではなく、神を信じる神の民が、神の子として整えられ成長していくためのものです。ですから律法として与えられた神の言葉は、神を信じる民に神の子ととしての命を与え、教え、育むのです。

だからこそ、神は、イスラエルの民にこの「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」と言う言葉を「あなたの手につけてしるしとし、あなたの目の間において、覚えとし、またあなたの家の入り口の柱とあなたの門とに書きしるさなければならないというのです。それは神が、ユダヤの人々を神の国に招き入れる宣言の言葉であり、約束の言葉なのです。

神は、「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」といって、荒野で40年間にわたって放浪の旅をしていたイスラエルの民を、神の約束の地であるカナンの地に今まさに招き入れようとておられる。まさに、彼らは、この「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」という言葉をもって、神の国の住人として約束の地に招き入れられるのです。

ですから、神の子となる。神の命である永遠の命をもって神の国に生きる神の民となるということの最初には、神の言葉を聞き、神の言葉に聴き従って生きるということがまず求められるのです。

それは、ユダヤの民だけに与えられた招きの言葉ではありません。ユダヤの民から始まり、全世界に広がっていく神の招きの言葉なのです。

みなさん、今日の礼拝説教の中心となる使徒行伝84節から9節は、ステパノの殉教を契機としてサウロ達によってなされたエルサレムにある最とも原初に教会に対する大迫害の結果、エルサレムの教会の人々が散りじりに散らされて行き、そこで神の言葉を伝え、宣教がなされていった出来事の中で起こった一つのエピソードです。

それはピリポによってなされたサマリヤ伝道の中で起こりました。聖書をお読みになっている皆さんは、よくご存じのようにサマリヤの人たちとユダヤの人々は仲が悪く、敵対している関係にありました。そこに神の言葉が伝えられていく。

それは、使徒行伝18節でイエス・キリスト様が「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受け、エルサレム、ユダヤ、サマリヤの全土、さらに地の果てにまでわたしの証人になるであろう」という言葉が現実になって、世界中に神の言葉が伝えられていく過程の中のあるのです。その世界宣教の始まりの中で、この使徒行伝84節から9節にあるピリポのサマリヤでの伝道の物語がある。

このサマリヤの伝道においてピリポは人々に御言葉を述べ伝え、イエス・キリスト様のことを述べ伝えていた。その際、ピリポは、汚れた霊につかれた人から、その霊を追い出したり、中風を患っているひとや足のきかない人を癒すと言ったしるしとなる業を行っていたのです。だからサマリヤの町の人々は喜んで、御言葉を伝え、イエス・キリスト様のことを伝えるピリポの言葉に耳を傾けたのです。

ところが聖書は、このサマリヤの伝道において、ピリポが多くのしるしとしての癒しの業を行い、人々が喜んでピリポの言葉を聞いたという物語に、一つのエピソードを加えます。そして、そのエピソードが、このピリポのサマリヤにおける伝道の物語の重要なアクセントとなるのです。

それはシモンという魔術師に関するエピソードです。この魔術師シモンは、サマリヤの人々を驚かしたというのですから、様々な不思議な業を行っていたのでしょう。この魔術師シモンがどのような魔術を行っていたのかは分かりません。ひょっとしたらピリポのような癒しを行っのたかもしれません。しかし、聖書になりも記していない以上、はっきりしたことは分かりません。

でも、聖書が魔術師シモンが行っていた魔術について何も言わないということが物語ることもあるのです。魔術師シモンが行っていた魔術の内容について聖書が何を言わないということは、聖書は魔術シモンのやっている内容はどうでもいいことなのです。むしろ、聖書が着目しているのは、彼が、そのような魔術を行うことで人々を驚かせ、人々に自分がさも偉いものであるかのように思わせていたということです。そして、人々もまた、この魔術師に対して「これこそは『大能』と呼ばれる神の力」であると言っていたというその現象にあるのです。

もちろん、聖書はそのような現象を批判的に見ていることは間違いがありません。それは、12節で「ところが、ピリポが神の国とイエス・キリストについて宣べ伝えるに及んで、男も女も信じて、ぞくぞくとバプテスマを受けた」という言葉の中に現れています。

この12節の冒頭の「ところが」という言葉のギリシャ語は“δε”という言葉で、英語で言うbutという反体の状態や対照の事態を示す意味であると同時に、この“δε”という接続詞は、先立つ事柄を否定し、それとは異なることを述べる場合に使われます。

ですから、聖書はこのδε”という接続詞を用いることで、魔術のような奇跡や不思議な業を行い、自分を権威ある存在のように思わせ、人々の心自分の方にひきつけ、自分を高めようとする在り方を真っ向から否定するのです。そして、むしろ奇跡や癒しの業を行っても、その業を行っている者にも、またその業自体に意味があるのではなく、むしろ、その業が指し示している事柄が重要なのだというのです。

すなわち、ピリポが行った数多くの癒しという奇跡、汚れた霊につかれた人から、汚れた霊を追い出したり、中風を患っているひとや足のきかない人を癒すと言ったしるしとなる業は、神の国の到来を示す出来事であり、その神の国の王として「この世」に来られたお方がイエス・キリスト様というお方が重要なのだというのです。

だから、ピリピがおこなった奇跡の業、癒しの業を見て信じるのではなく、神の国の到来とその神の国に私たちを招き入れてくださるイエス・キリスト様のご生涯とイエス・キリスト様が語られた教えが述べ伝えられられることが大切なのです。

みなさん、イエス・キリスト様のご生涯をつづった福音書を丹念に見てまいりますと、ピリポがおこなったしるし、すなわち、汚れた霊につかれた人から、汚れた霊を追い出したり(ルカ436etc.)、中風を患っているひと(ルカ518-24)や足のきかない人を癒す(ルカ722、マタイ2114)と言ったしるしは、すべて、イエス・キリスト様がなされた業なのです。つまり、ピリポが行った癒しの業はすべてイエス・キリスト様を指し示すものなのです。

そのイエス・キリスト様が伝えたメッセージは「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」というものです。神の国は手の届くところにある。それは、神を見上げ、その神がおつかわしになった神のひとり子であるイエス・キリスト様を主とし、イエス・キリスト様のご生涯と語られた教えに倣い、神の国の民として生きるということなのです。

この神の遣わされた神のひとり子であるイエス・キリスト様のご生涯と、語られた教えに倣い生きるということが、神の言葉に耳を傾け、それに従って生きる「「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」ということなのです。それは、イエス・キリスト様が、先ほどのお読みした新約聖書ヨハネによる福音書522節から25節にあるように、私たちに神を示し、イエス・キリスト様の言葉を信じる者に、神の子としての命を与えるお方だからです。

このヨハネによる福音書を記したヨハネという人は、同じヨハネによる福音書の1章の冒頭において、「始めに言があった、言は神と共に合った。言は神であった。この言葉は始めに神と共に在った」といい、イエス・キリストと言うお方が神の言葉である言っています。またさらに、ヨハネによる118節において「神を見たものはまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが神をあらわしたのである」とのべ、イエス・キリスト様の生き方とその語られた教え、その言葉の中に神のお心が現れているというのです。

だから、「ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが神をあらわしたのである」ということができる。

みなさん、今日の私たちには神の言葉である聖書があり、その聖書の中、特に新約聖書の福音書の中にイエス・キリスト様のご生涯が記されていますから、その聖書を通して、イエス・キリスト様の生き方や教えを学び、それを通して神の言葉に耳を傾けることができます。

しかし、あの使徒行伝8章にあるピリポがサマリヤに伝道した時代には、まだ新約聖書は存在していないのです。ですから、その時はピリポがその癒しの業を通して指し示すイエス・キリスト様というお方を通し、またピリポが語るイエス・キリスト様の教えを通してでしか、イエス・キリスト様を通して示された神の言葉を聞くことができないのです。

けれども、聖書はそのピリポが伝え、指示したイエス・キリスト様とイエス・キリスト様が伝えた神の国の教えを信じ受け入れた人々が続々とバプテスマを受けたというのです。
バプテスマというのは、いわゆる洗礼という礼典ですが、それは神を信じたものが、それまでの生き方や在り方をすて、イエス・キリスト様と一つに結ばれて、神の国に新しく生まれたものとして生きる者となったということを表す礼典です。まさに、神も言葉を聞き、「イスラエルよ聞け、われわれの神、主は唯一の主である」という神の招きに応じて、神の民、神の子としての命を生き始めたことを神と人との前に証しする礼典なのです。

 イエス・キリスト様によってもたらされた神の国の到来と私たちに神の子として生きる命を与える福音が全世界に伝えられていこうとするその時におこった、ピリポのサマリヤ伝道に伴う魔術師シモンの物語は、とかく目に映る衝撃的なでき事に目を奪われ、心を奪われてしまう私たちに、目に映るものではなく、神の言葉に耳を傾け生きることの大切さを教えている物語であるということができます。

 今、私たち日本において神の言葉を伝えようとするとき、そこに大きな困難があることを認めざるを得ません。確かに、日本の伝道は行き詰っている。そんな時、大きな成果を収めている教会や伝道方法があると、私たちはついついそれに目を奪われてしまいます。

 もちろん、それらに学ぶことは多くありますから、無視する必要はありませんし、学ぶことは大切です。しかし、方法ややり方を学ぶ以上に大切なのは、何よりも私たちが。神の言葉の前に立ち、神の言葉に耳を傾け、神の言葉に従ってイエス・キリスト様のように生きることなのです。そのことを、心に刻みながらイエス・キリスト様に倣い、神の子としての歩みを、共にイエス・キリスト様を頭とするこの教会で共に歩んでいきたいと思います。祈りましょう。

2019年7月28日日曜日

2019年7月28日 小金井福音キリスト教会 説教題「信仰による人間疎外と抑圧」

2019年7月28日 小金井福音キリスト教会 説教

【聖書箇所】
 歴代志下 第16章7~10節
 マタイによる福音書 第12章1~8節
 使徒行伝 第8章1~3節

【説教題】
 「信仰による人間疎外と抑圧」

‘19年7月第4主日礼拝説教「信仰による人間疎外と抑圧」       2019.7.28
旧約書:歴代誌下16章7節~10節 
福音書:マタイによる福音書12章1節~8節
 使徒書:使徒行伝8章1節~3節

  今日の礼拝説教の中心となります聖書個所は使徒行伝8章1節から3節の記事です。この箇所は、サウロ、後にパウロと呼ばれる私たちプロテスタントの教会を含む西方教会の伝統で最も重んじられている人物について初めて聖書が言及した箇所です。
  もっとも、正確いうならば最初にサウロの名前が聖書に出てくるのは、先週お話し致しました使徒行伝7章54節から60節までのステパノの殉教の記事に置いてです。その使徒行伝7章54節から60節において58節で「彼を市外に引き出して、石で打った。これに立ち合った人たちは、自分の上着を脱いで、サウロという若者の足もとに置いた」という形で出てきます。

  ここで言う「彼」というのは、ステパノのことです。ステパノはイエス・キリスト様が十字架に磔になり殺され墓に葬られた3日後に蘇られ、天に昇られた後に、この地上に出来上がったぁ最初のキリスト教会であるエルサレムの教会の執事を務めた人でした。執事というのは、今日の私たちの教会に置き換えて言うならば教会役員のような責任のある立場です。 そのステパノが、ある時イエス・キリスト様が救い主キリストであるということに反対する人々と議論になり、その反対者たちを論破したのです。そのため、その反対者たちからサンヘドリンと呼ばれるユダヤの民の最高議会に訴えられた。もちろんいわれのない訴訟です。訴えられた以上、ステパノは自分の信仰について弁明しなければなりません。  

 そこでステパノは、サンヘドリンの議会の場で、ユダヤの人々が謀略をもって十字架の上で殺したいイエス・キリスト様こそが神がおつかわしになった救い主キリストであるということを、アブラハムから始まるユダヤの民と神との関わりを示しながら、明らかにしていくのです。そしてそのうえで、そのイエス・キリスト様を殺したユダヤの人々を厳しく糾弾した。そのことが使徒行伝7章1節から53節までに書かれている。
  そのようにステパノから厳しく糾弾されたユダヤ人々は、激しく怒り、その結果ステパノの半身を穴の中に埋めこぶし大の石を投げつけて処刑する石打ちという刑に処します。その時、ステパノに意志を投げつけに集まった人々が脱いだ着物をサウロにあずけた。サウロはその着物をあしものとおいて管理していたというのが、先ほどの使徒行伝7章58節の「彼を市外に引き出して、石で打った。これに立ち合った人たちは、自分の上着を脱いで、サウロという若者の足もとに置いた」という出来事なのです。

  このとき、サウロがステパノに石を投げつけたかどうかは定かではありません。しかし、サウロはステパノを殺すことに同意をしていたということは間違いありません。先ほど司式の兄弟にお読みいただいた8章1節に「サウロはステパノを殺すことに賛成していた」と書いてあるからです。  
 このステパノの殉教は、もっとも原初のキリスト教会に集う人々の間に深い悲しみをもたらしました。それと同時に激しいユダヤ人からの迫害と弾圧をもたらしたのです。それこそ、ユダヤの人々がキリスト教徒にもっていた怒りが一気に爆発して激しい迫害と段あるの嵐となってキリスト教徒を襲い始めたのです。 

 みなさん、私たち夫婦は、結婚して32年になりますが、こういっちゃなんですが、32年たってもかなり仲のいい夫婦です。しかし、それでも32年も一緒にいれば夫婦げんかだってする。その中で、恥ずかしい話ですが、一度だけ妻に向かってこぶしを振り上げたことがあります。その時、妻が私に向かって「叩かないで」と叫んだのです。
  その妻の「叩かないで」という言葉が耳の飛び込んできたとき、とっさのことでしたが私は「もし私がいまここで怒りにまかせてこぶしを振り下ろしたら、もう歯止めが利かなくなってしまう。自分の怒りが抑えられなくなる」とそう思ったのです。そして、その思いが、私を思いとどまらせたのです。

  しかし、ユダヤの人々は、ステパノを殺すということでその一線を越えた。そのときに、ユダヤの人々への怒りや憤りが、キリスト教会に対しする弾圧と迫害という行為になって現れたのです。そして、サウロもまた、その迫害と弾圧の最中に、迫害者、弾圧側の人間としてその迫害と弾圧に関わっていくのです。その様子が3節に「ところが、サウロは家々に押し入って、男や女を引きずり出し、次々に獄に渡して、教会を荒し回った」という言葉で記されている。 

 この場合の教会はギリシャ語をみますと単数形ですのでまさに、エルサレムにできた最初の教会の人々に対してサウロは「家々に押し入り、そこに住む男女を引きずり出し、次々に獄に渡していれる」ということをして「教会を荒し回った」のです。そして一度、関を切ったサウロの怒りは収まることがなく、お読みいただいた8章1節から三節に続く4節に「さて、散らされて行った人たちは、御言を宣べ伝えながら、めぐり歩いた。」とありますように、迫害のために散らされていったエルサレム教会の人々が散らされていった先で伝道をし、その伝道によって救われキリスト教徒になった人々までも弾圧しようと追いかけていくのです。

  みなさん、サウロがなぜここまでに激しくキリスト教を弾圧しキリスト教徒を苦しめ続けることができたのか。その背後には、自分が正しいという思いがあったと考えられます。実は、ここにはサウロの経歴は書かれていませんが、サウロは後にイエス・キリスト様と出会うという神秘を経験し、イエス・キリスト様を信じ、悔いらためてパウロと名前を改めます。そのパウロが自分の経歴使徒行伝22章3節4節でこう言っています。  

  3:そこで彼(パウロ)は言葉をついで言った、「わたしはキリキヤのタルソで生れたユダヤ人であるが、この都で育てられ、ガマリエルのひざもとで先祖伝来の律法について、きびしい薫陶を受け、今日の皆さんと同じく神に対して熱心な者であった。4:そして、この道を迫害し、男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた。

  パウロすなわちサウロは、自分はキリキヤのタルソ生まれであると言います。キリキヤのタルソというのは今日のトルコの南側で地中海に面した都市です。ですから、サウロは生粋のユダヤ人ではありましたがユダヤ文化だけではなく異国の文化にも触れて育っていたと言えます。 実際、イエス・キリスト様と出会い、悔い改めてキリスト者となりパウロと名乗るようになった以後、パウロは多くの手紙を書き残しています。それが新約聖書の中にある。それ見ますと、パウロにはギリシャ哲学の影響、とりわけプラトンの影響を受けていたことを見てとることができます。

 とはいえパウロ、すなわちサウロはユダヤ人ですからユダヤ人として律法を守り行っていた。とりわけ律法に関しては、サウロはガマリエルという当時のユダヤ教の律法を教える学者の下で律法を学んだというのですから、サウロ自身、律法、つまり旧約聖書については十分な知識と学問的素養を持っていたと思われます。そう言った意味では、旧約聖書に関してはイエス・キリスト様の弟子たちよりも、より詳しく知っているし正しい知識を持っていると言える。だからこそ、キリスト教徒に対して「男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた」というのです。

  そこには、自分は律法について正しく知り間違っていない。間違っているのはイエス・キリストを救い主として信じるキリスト教徒だという思いがある。だから誤った考えを持ったキリスト教徒を迫害し、弾圧するのだ。そうやって私は彼らの誤りを正し、人々の誤りを正しているのだと言うわけです。

  みなさん、今、私は自由意志に関するある本を精読しているのですが、その本の中でフーコーという哲学者のことが紹介されていました。フーコーはポストモダンと呼ばれる現代の哲学的風潮の中心人物ですが、彼は、権力が私たちを如何に権力に従って行動させるために部分的ではあるが、暴力を道具として使うというのです。すなわち、すべての人に対してではなく、一部の人に暴力を用い、それによって暴力を振るわれたわれたときの恐ろしさや痛み、苦しみを理解させ、その恐ろしさや痛みや苦しみを通して、人々を自分の考えに従わせ、自分の思うように、しかも自発的に動かさせようとするのだとフーコーは言う。 
 たとえばよく言われる死刑抑止論です。死刑という暴力的な刑があるから、人々は死刑を恐れて人殺しと言った犯罪を思いとどまさせる意義があると言った理屈です。それは法という権力が、死刑という暴力をつかって正義を護るです牢とするのです。

 正義を護ろうとするとき、 人は暴力的になる自分を許容できる。それと同じ心理がパウロに働いていたと思われます。それが使徒行伝22章3節4節にある「3:わたしはキリキヤのタルソで生れたユダヤ人であるが、この都で育てられ、ガマリエルのひざもとで先祖伝来の律法について、きびしい薫陶を受け、今日の皆さんと同じく神に対して熱心な者であった。4:そして、この道を迫害し、男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた」という言葉の中に如実に現れている。

 みなさん、このように自分が正しい、正しいことをやっていると思う時に、人は極めて残酷的なことを行うということはしばしばあるのです。それは信仰の世界でもある。いや信仰の世界だからこそ、一層厳しく顕著に表れてくるのかもしれません。

 例えば、先ほどの旧約聖書・歴代誌下16章7節から10節に出てくる南ユダ王国のアサという王様です。  このアサ王は神を信じる信仰に対して極めて敬虔であり、歴代の南ユダ王国の王様としては優秀で善い王様の一人に数えられる人です。実際、エチオピア人が百万の大軍をもって南ユダ王国を攻めてきた時に、その半数たらずの58万であったのにもかかわらず、神により頼む信仰によって、このエチオピアの百万の大軍を打ち破ったという実績をもっていました。それによってアサ王が納める南ユダ王国は長く戦争の内平和な時を過ごすのです。

  ところが、その南ユダ王国と同じ古代イスラエル王国にルーツを持つ北イスラエル王国が、南ユダ王国に平和な時を破ります。北イスラエル王国の王バアシャが攻めてきたのです。この北イスラエル王国の攻撃に対して、アサ王はスリアの王ベネハダに金銀を送り、同盟を結んで共に北イスラエル王国戦ってくれるように懇願します。この願いを受けてスリア軍が南ユダ王国の援軍となりアサ王は北イスラエル王国を退けるのです。
  ところが、このスリアの王に援軍を求めたアサ王の行動を先見者ハナニが叱責したというのが、先ほどお読みした歴代誌下16章7節から9節です。先見者とはサムエル記上9章9節などを見ますと「今の預言者は、昔は先見者といわれていた」とあるますから預言者と同じ意味だと考えてよろしいかと思います。その先見者ハナニは、アサ王がかつて神により頼んでエチオピアの大軍を退けたように神により頼むのではなく、スリアの王という人を頼って問題を解決しようとしたその姿勢を叱責したのです。

  けれども、アサ王はハナニの叱責の言葉に耳を傾けません。アサ王にも、自分が神の前に正しく生きてきたという自負があります。そして実際にエチオピア軍を撃退し、南ユダ王国に長い平和な時をもたらしたという実績もある。そして、今回も北イスラエルの攻撃を退けるという結果も出している。まさに、自分は間違ったことをしていない、自分は正しいのだという思いがある。信仰的にも、またその信仰に基づく行動においても正しい、間違っていない、その思いが、ハナニの言葉に耳を傾けることができず、むしろ10節にあるように、ハナニを牢獄に入れるという行為に至ってしまうのです。

  先見者ハナニを牢獄に入れるということは、いわばフーコーがいうような部分的な暴力を用いて自分の考えや思いをつらぬく行為です。そのようなことにいったん手を染めたアサ王は、さらには自分の意に添わない民をも虐げる者へとなってしまいました。そのことが歴代誌下16章7節から10節に記されている。

  みなさん、その同じ過ちが、あの使徒行伝8章1節から3節のサウロにおいても繰り返されているのです。それは、自分が正しいと思う、自分は間違っていないと思う人にからみつく罪であり、正義感や正しさが陥りやすい罪の罠なのです。
  もちろん、誤っていること、間違っていることは正さなければなりません。しかし、誤りや間違いを裁き、制裁や刑罰で正そうとするならば、私たちはいとも簡単にこの罪が仕掛ける罠に陥ってしまいます。聖書に出てくる律法学者を代表とする当時のユダヤの人々は、まさに、その裁く裁きによって、ユダヤの人々を正しい道へ導かれると考え、また裁きを通して過ちを正そうと考えていた。しかしそれは、律法の用い方としては決して好まし方法ではないのです。

  ではどうすればよいか。私たちはそのことを先ほどお読みしましたマタイによる福音書の12章1節から8節にあるイエス・キリスト様のお姿から学ぶことができます。 このマタイによる福音書12章1節から8節は、イエス・キリスト様の弟子たちが安息日に麦畑で麦の穂を摘んで食べたことを巡るイエス・キリスト様と律法学者たちの論争が記されています。
 それは、人様の麦畑の麦の穂を取って食べたということの倫理性を巡る議論ではなく、安息日にはいかなる労働をしてはならないという律法を巡る信仰の問題を争う論争です。

  この論争において、律法学者たちは弟子たちが律法にある安息日規定を破っているといって、イエス・キリスト様に弟子たちを訴え責めます。そこでは律法が裁きの道具となり、弟子たちを裁いているのです。 ところが、イエス・キリスト様はダビデとその共の者が飢えの中にある時、ダビデは律法で祭司しか食べてはならないと定めてあるパンを自分も食べ、また植えているその共の者たちにも与えたというのです。そしてさらに安息日に宮仕えをしている祭司たちは安息日に祭司としての労働をしも律法違反にならないと聖書に書いてあると反論するのです。
 その上でイエス・キリスト様は、「わたし(すなわち神)が好むのは、あわれみであって、いけにえではない」と言われている意味を律法学者に問うのです。 それは、律法は人に罰を与えるための裁きの原則としてあるのではなく、むしろ、私たちが神と人との関係、人と人との関係に置いて、争うのではなく平安に生きていくために隣人愛の原則としてあるということです。
 だから「わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない」というのです。 誰かが間違っている、過ちを犯しているというとき、私たちに求められているのは、相手を間違っていると裁き、断罪し責めのではなく、相手の心に、気持ちに寄り添う憐みの心です。憐みの心とは、相手の気持ちを汲み取り、どうしてそのような考え、どうしてそのような行動に出たのか、また相手が自分の行動でどのような気持ちになるのかを考え、語り行動することです。ここが大切です。ただ考えるだけでなく、語り行動すること。ここが大切なのです。

 みなさん、私たちの教会の今年の御言葉は、週報の表紙に記されていますね。そう「子たちよ。わたしたちは言葉や口先だけであいするのではなく、行いと真実をもって愛し合おうではないか」(ヨハネ第一の手紙、3章18節)という御言葉です。それはまさに、「わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない」という隣人愛の実践です。
  サウロは、自分の信仰と聖書の理解は絶対に正しい、間違っていないと思っていた。その思いが義憤となり、正義感となり、そしてその信仰によってキリスト教徒を疎外し、抑圧していったのです。しかし、それは迫害と弾圧なって「男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた」という愛に欠ける間違った行為になって現れた。

  みなさん、聖書には「悪い木は悪い実を結ぶ」とは聖書が言いところです。しかし、聖書は私たちに善き実を結ばせる善きものです。ですから、たとえ聖書の言葉を用いていても、その聖書の言葉をもって、またキリスト教の信仰をもって、私たちが人を裁いていたならば、私たちは正しく聖書を理解していないし、信仰を正しい思いで生きていない悪い木となって自己主張をしているのです。 そのことを、今日の聖書箇所の使徒行伝8章1節から3節はパウロの姿を通して私たちに語っている。それは私たちが裁くものではなく、神の愛に生きる者となるために大切な教訓なのです。祈りましょう。

2019年7月21日日曜日

2019年07月21日 小金井福音キリスト教会 説教題「 神の子とされ、神の子となる 」

2019年07月21日 小金井福音キリスト教会 説教

【聖書】
 ・創世記 第1章26~27節
 ・福音書 マタイによる福音書 第5章38~48節
 ・使徒行伝 第7章54~60節

説教題「 神の子とされ、神の子となる 」


 197月第3主日礼拝説教「神の子とされ、神の子となる」        2019.7.21
旧約書:創世記1章26節~27節(旧約聖書p.2
福音書:マタイによる福音書538節~48(新約聖書p.7)
使徒書:使徒行伝754節~760節(新約聖書pp.192-193

 お気付きになった方も多いと思いますが、今日の主日礼拝の説教の中心となります聖書個所の使徒行伝754章から60節は、先週の礼拝説教の中心箇所とほとんど重なっています。

 先週は、今日の聖書の箇所とほとんど同じ個所から、私たちが聖書の言葉の前に立ち、真摯な姿勢で聖書の言葉に向き合いますと、聖書は私たちの現実の姿、真実の姿を浮き彫りにしていくということをお話ししました。聖書の言葉の前に立ち、真摯な姿勢で聖書の言葉に向き合うということは、イエス・キリスト様の前に立つ、神の前に立つということであると言ってもいい。

そのように、神の言葉である聖書の言葉が、私たちの真実の姿を浮き彫りにしていくとき、その浮き彫りにされた私たちの姿の中には、私たちにとって好ましくない、不都合なものも含まれているともお話ししました。

 ステパノという人は、まさに聖書に記されたイスラエルの民、すなわちユダヤ人の歴史を語りながら、神が神を信じるイスラエルの民に対して信実なお方であり続けたのにもかかわらず、繰り返し神に背を向けて来た姿を示しながら、まさにそのような姿が、今のあなた達の姿であるということをイスラエルの民に示したのです。

 それは、イスラエルの民にとっては好ましくない不都合な姿でした。そのような好ましく直不都合な姿を示されたユダヤ人の実像を示すステパノに対し、イスラエルの民、すなわちユダヤの人々は激しく怒ったとあります。彼らは、反省するのではなく怒ったのです。そしてステパノに対して激しい敵意を見せた。聖書はその様子を、「歯ぎしりをした」という言葉をもって表現しています。

 そのような中で、ステパノは聖霊に満たされたと聖書は告げます。聖霊とは、三位一体なる神の第三位格に当たる存在であり、私たちが神の前に正しく判断し、正しい行動をすることができるように導いてくださるお方です。そのお方がステパノの心の中に働きかけ、ステパノはその聖霊なる神の導きに自らを委ね従おうとした。まさに天を見上げたというのです。

 その時に、ステパノは「神の栄光が現れ、イエス・キリスト様が神の右に立っておられるのを見た」と聖書は記す。みなさん、この時、イエス・キリスト様は十字架に付けられて死に、三日目によみがえり、神の国である天に昇られておられますので、到底、イエス・キリスト様のお姿を見るということなどあり得ないことです。

そのあり得ないことをステパノは経験しているのです。そしておそらくその時にステパノの周りにいたユダヤ人には、そのイエス・キリスト様のお姿を見ることができなかったのでしょう。ですからそれは、まさに神秘体験であると言って良いできごとです。そのあり得ない出来事をステパノは語るのです。そしてそのステパノの言葉を聞いたユダヤ人は、大声で叫びながら、耳をおおい、ステパノを目がけて殺到し、彼を市外に引き出して、石で打ったのです

 みなさん、石打ちという刑は、レビ記20章をみますと、モレクと呼ばれるその当時の中近東地域で崇められていた神の名です。そのモレクは繁栄をもたらす神であり、その当時は子供をささげる、すなわち子供を殺し焼いて奉げるといったおぞましい習慣があった。そのモレクを崇める者や口寄せや占いをする者に対して、石打ちという科せられた処罰でした。それは、このような行為が、まさに聖書が語り伝える神に背を向け、神ならぬものを神とし、偶像礼拝に陥っているからです。

 みなさん、この当時の中近東にはモレクと呼ばれる神以外にもアシュタロテやバアルといった多くの神々が崇められていました。その中で、レビ記20章はただモレクの名をあげ、そのモレクに子供をささげる者は石打ちにされると書かれている。なんだか不思議な感じがする。聖書の神以外にもアシュタロテやバアルと言った神もあるのに、なぜモレクだけなのか。

 もちろんこれは私の推測にすぎないのですが、そこにはモレクに子供を犠牲として捧げるという行為が伴っているからではないかと思うのです。みなさん。モレクという神は豊穣をもたらし、モレクを崇め、崇拝し、礼拝する者に多くの利益をもたらす繁栄の神です。その自らにもたらされる繁栄のために自分の子供を犠牲にするといったことが行われていた。

みなさん、子供という存在は、最も力のない存在です。抵抗する力を持たない弱い存在であると言って良い。その力のない弱い存在を、自分の富とか繁栄のためには犠牲にする。それは、自分の欲のためには、力のない弱い者を犠牲にしても、その自分の欲を満たすためには、他者を犠牲にすることをいとわない人間の姿がある。

そしてそのような人間の姿を戒めるかのようにして、聖書は、レビ記202節で「だれでもその子供をモレクに奉げる者は、必ず殺さなければならない。すなわち国の民は石で撃たなければならなない」というのです。それは、人間は、本来は最も力のない者、あるいは弱い者のため自らをささげる者として神によって造られているからです。それが人間の本性なのです。

ですから「自分の欲を満たすためには、他者を犠牲にすることをいとわない人間の姿」は人間が人間であるところの人間本性からは逸脱した姿だと言えます。しかしそれは、決して他人ごとではない。それは、現代の私たち取り巻く社会にも見られる現象だと言えます。むしろ、今の社会、現代の社会においても、人間の欲が満たされることが何よりも重んじられてはいないか。それこそすべてが金銭価値によって量られているような、お金や富を神とする拝金主義、マモンという名の富をもたらす神に、知らず知らずに膝をかがめてはいないか。私たちは自分自身を顧みて見る必要があるのかもしれません。

そのような、自分の欲を満たすためには人を犠牲にするような人間を戒める石打ちという刑もって、ユダヤの人々はステパノを殺そうとするのです。それは使徒行伝756節の「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」という言葉が、神を冒涜する言葉と思ったからです。

しかも、「人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」ということは、イエス・キリスト様が神であるということを証しする言葉です。と言うのも、神の右の座というのは神の力と権力を示す座であり、そこに人の子、つまりイエス・キリスト様が立っておられるというのは、イエス・キリスト様が父なる神と一体のまさに子なる神であるということに墓ならないからです。

ですから、このステパノの言葉を認めれば、ユダヤの人々は神の子を拒絶し殺したことになる。もちろん、そのようなことは決して認められないし認めたくない。そんな思いがここに描かれているユダヤの人々にはあったのでしょうし、またステパノは神を冒涜しているという思いもあったのでしょう。「人々が大声で叫びながら、耳をおおった」という5節にあるようなユダヤの人々の姿にはそのような様々な思いが複雑に混ざり合ったものであると考えられます。

そのような中で、ただステパノ一人が「天が開けて、人の子(イエス・キリスト様)が神の右に立っておいでになる」姿を見ているのです。そして、その神の右の立っておられるイエス・キリスト様は見ているステパノは、祈り続けている。いったい彼は何を祈っていたのか。聖書は、ステパノが何を祈り続けていたのかその祈りの内容は記してはいません。

ただ、彼がの祈りの結果が「主よ私の霊をお受け下さい」という言葉になってあらわれている。それは死を覚悟する言葉であったのでしょう。なぜなら、イエス・キリスト様もまた「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」(ルカ2346)と言って十字架の上死んでいかれたからです。

そして、その自分もまたイエス・キリスト様と同じようにユダヤの人々によって殺されようとするその死を覚悟したとき、ステパノは「主よ、どうぞこの罪を彼らに負わせないでください」と言って死んでいくのです。この言葉もまたイエス・キリスト様が十字架の上で語られた「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ2334)という言葉に重なり合います。

この「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」という言葉も、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」という言葉も、いずれもルカによる福音書に記されている言葉です。そして「主よ私の霊をお受け下さい」というステパノの言葉と「主よ、どうぞこの罪を彼らに負わせないでください」というステパノの言葉を記す使徒行伝を書いたのもまたルカによる福音書を記したルカの手によって書かれているのです。

 そのことを考えますと、ルカはあえてこのステパノの二つの言葉をピックアップしてここに記したのにはそれなりの意図があったと思われます。すなわち、イエス・キリスト様を信じる者となり、イエス・キリスト様の弟子たちが築き上げられたイエス・キリスト様の弟子の群れである共同体、つまり教会に加えられイエス・キリスト様の弟子となったステパノは、イエス・キリスト様の弟子であるがゆえに、イエス・キリスト様の弟子として、イエス・キリスト様に倣って死んでいったのだと告げたかったからなのだと言って良いだろうと思います。そしてそれは、まさに神の子とされたものが、神の子となって死んでいったのだということなのです。

みなさん、先ほど司式の方に創世記126節、27節を読んでいただきました。そこにしるされていることは、私たち人間には神の像が与えられているということです。すなわち、聖書はこう言うのです。

26:神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。27:神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

 みなさん、この箇所は聖書がどのような意図をもって書かれているか、つまり聖書がどのような意味をもって書かれているかということ、それを釈義といいますが、その釈義に置いて意見が分かれるところであります。

 27節の人間は神の像に造られたということは意見が分かれるところではありません。確かに聖書は人間は神の像が与えられている。問題は26節です。26節には二つの問題がある。一つは、神がご自分のことを「われわれ」と複数で語られている点です。唯一の神がご自分のことを「われわれ」と呼んでいる。これには諸説がある。一つは「われわれ」ということで三位一体を表すという説です。また天使という霊的存在を含めて「我々と呼び」人間は霊的存在であると言っているという説。あるいはヘブル語には尊厳の複数という文法があり、単数の個人を複数で表すことで、その存在の威厳と尊厳をあらわすのであって、ここでは神が威厳ある存在としてご自分を表しているという説です。

しかし、今日考えたい問題はもう一つの問題です。ですから、一つ目の問題は、私個人としては尊厳の複数と考えるべきであろうと思うとだけ述べて、もう一つの問題に目をむけたいのですが、それは「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り」とある点です。

この「「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り」とある言葉は、最初の「われわれのかたち」というのは、2節で言われている神の像であり、次に「我々にかたどって造り」と言われているのは、その神の像に基づいて神の似姿に造られたことなのだといって、最初の「神のかたち」と「神の似姿」とを分けて捉える理解と、いや最初の「われわれのかたち」と次のわれわれかたどって」というのは同じことだと理解とに分かれるのです。

おそらくみなさんは、後者の「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り」と理解しておられたでしょうし、多くの方もそのように理解しているのではないかと思います。私もそうでありました。しかし、よく考えてみると、最初の理解もかなり味わい深いのです。

ともうしますのも、聖書が言う神の像はラテン語ではimago Deiといいます、imagoとは英語でいうならばイメージです。 みなさん、イメージというのは実態ではなく頭に思い描く姿、画像です。つまり、私が神の像がに造られたというのは、私たちは神の頭の中に思い描かれる神の自画像ともいえる神の像があり、その神の像にしたがって造られたということです。

しかし、それは神のイメージですから、実体としてはまだ現れていない。そのイメージが実体があらわれて初めて私たちは神に似た神の似像になる。そう考えますと先に述べた「最初の『われわれのかたち』というのは、2節で言われている神の像であり、次に『我々にかたどって造り』言われているのは、その神の像に基づいて神の似姿に造られたことなのだ」という理解は実に味わい深い、むしろそちらの方が正しい理解なのではないかとさえ思えてくるのです。

そう考えますと、私たちがイエス・キリスト様の救いの業によって神の子とされたということは、単に理念的・観念的に神の子とされたということだけではなく、まさに神の子とされたがゆえに具体的に神の子として生きる者とされたのだということです。そしてその神の子として生きるということは神の子となる歩みを生きることなのです。

みなさん、先ほど私たちは新約聖書のマタイによる福音書538節から48節の言葉に耳を傾けました。みなさん、このマタイによる福音書38節から48節は、51節から始まるイエス・キリスト様の山上の垂訓の中にある言葉です。

そこのある、「右のほほを撃たれるならば左のほほも打たれるために差し出しなさい」とか「下着を取ろうとするものには、上着を与えてやりなさい」とか「1マイル強いて行かせようとする者がいたら2マイル一緒に行ってやなさい」といったことは、すべて44節の「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」ということに集約されます。そしてそれは、59節にある八つの幸福に至る押して八福の押しと言われるその教えの中にある「平和を作り出す人たちは、幸いである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」と言われる教えの、具体的な実践のある方を示すものなのです。

平和を生み出すためには、和解が必要です。しかし、現実には平和をもたらすことは極めて難しい、この世界に私たちが知る歴史には平和な時代などなかった言ってもいい。聖書が記す人間の歴史だって、あの創世記の記述依頼、いつでも争いがある。最アダムとエバでさえ、善悪を知る木を食べてしまったのはお前のせいだと争っている。そのアダムとエバの子であるアベルとカインの間にも憎しみが生まれ兄が弟を殺すという出来事が起こっている。

ですから、和解を生み出すには、憎しみを乗り越える力が必要であり、憎しみではない愛による生き方が必要になって来る。それが、マタイによる福音書538節から48節に記されている生き方であり、ステパノは、まさに今殺されようとする中、死を覚悟したときに「主よ、どうぞこの罪を彼らに負わせないでください」といって、イエス・キリスト様に倣い、イエス・キリスト様の教えに従った生き方を生き、神の子とされた者が神の子となる生き方の証人となったのです。

みなさん、私たちは、イエス・キリスト様の十字架の救いの業によって神の子とされました。それはまさに神の恵みの業です。そして、その神の恵みの中で私たちは今を生きているのです。ですから、神の子とされたのですから神の子となるように生きようではありませんか。

私たちはステパノのように殉教することはないでしょうし、殉教する必要もありません。しかし、自分の繁栄と利益にためにモレクを崇め、礼拝したようなこの世に在り方ではなく、そのような「この世」の在り方に死んで、キリストに倣う生き方を歩んでいくものとなりましょう。

聖書は『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。」と言います。敵を憎む、それはまさにこの世においては当り前のこと、この世の在り方です。しかし、聖書は、そのようなこの世の在り方を突き抜けて「敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」というのです。そしてあなたがたにはそれができるというのです。なざならば、私たちは、本来は神の像に造られ、神の似姿となるように造られた神の子だからです。

その神の子としての生き方、神の子としての命から逸脱してしまっていたのを、イエス・キリスト様は、本来あるべき姿に呼び戻し回復し、もう一度神の子として立たせて下ったのです。だから、神の子とされた私たちは神の子となることができるのです。そのことを覚え、私たちを神の子として下さったイエス・キリスト様の生き方を模範とし、共に神の子となる歩みを歩んでいきましょう。お祈りします。